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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)18099号 判決

原告 宮崎鎮雄

右訴訟代理人弁護士 石井嘉雄

被告 澁澤喜一郎

右訴訟代理人弁護士 鎌田勇夫

被告 澁澤榮一

主文

一  原告の請求のうち、被告澁澤喜一郎に対する請求をいずれも棄却する。

二  被告澁澤榮一は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を収去し、同目録記載三の土地のうち別紙図面のハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を明け渡せ。

三  訴訟費用は、原告と澁澤喜一郎との間においては、全部原告の負担とし、原告と澁澤榮一との間においては原告に生じた費用の四分の一を被告澁澤榮一の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告澁澤喜一郎は、原告に対し、別紙物件目録記載一(以下、A建物という)及び同目録記載二の建物(以下、B建物という)を収去し、同目録記載三の土地(以下、本件土地という)を明け渡せ。

2  主文第二項に同じ。

3  被告澁澤喜一郎は、原告に対し、金二六二万六二八〇円、並びに昭和六二年六月一七日以降A建物収去及び本件土地のうち別紙図面のイ、ロ、ハ、ヌ、イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下、A地という)明渡し済みまで一か月金九万三二五〇円の割合による金員を、B建物収去及び本件土地のうち別紙図面のハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下、B地という)の明渡し済みまで一か月金四万九一二〇円の割合による金員を、支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告澁澤喜一郎

(一) 判決主文一項と同じ

(二) 訴訟費用原告負担

2  被告澁澤榮一

公示送達による適式の呼び出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡宮崎庄衛(以下、庄衛という)は被告澁澤喜一郎に対し、昭和二二年六月一〇日にA地一二〇、七九平方メートルを、昭和三五年七月五日にB地七八、四四平方メートルを、以下の約定で貸し渡した(以下、本件各賃貸借契約という)。

(1) 目的 建物所有

(2) 賃料支払期 A、B地とも毎月二八日

(3) 賃料 A地、昭和六〇年一月一日から月額金八万一〇八〇円

昭和六〇年六月一日から月額金九万三二五〇円

B地 昭和六〇年一月一日から月額四万二七一〇円

昭和六〇年六月一日から月額金四万九一二〇円

2  原告は、昭和三六年一一月二〇日、遺贈により庄衛から本件土地の所有権を取得し、賃貸人たる地位を引き継いだ。

3  被告澁澤喜一郎は、A地の賃料につき、昭和六〇年一月から五月まで月額金八万一〇八〇円小計金四〇万五四〇〇円及び同年六月から一二月まで月額金九万三二五〇円小計金六五万二七五〇円、合計金一〇五万八一五〇円のうち、同年一二月三一日に金九七万二九六〇円を支払ったが、その後、賃料を支払っていない。

また同被告は、B地につき、昭和六〇年一月から五月まで月額金四万二七一〇円小計金二一万三五五〇円及び同年六月から一二月まで月額金四万九一二〇円小計金三四万三八四〇円、合計金五五万七三九〇円のうち、同年一二月三一日に金五一万二五二〇円を支払ったが、その後、賃料を支払っていない。

4  A地についての未払賃料は、総計金一七二万〇一七三円(昭和六〇年分不足額金八万五一九〇円、昭和六一年一月から五月まで月額金九万三二五〇円小計金一五八万五二五〇円及び昭和六二年六月一日から契約解除の日である同月一六日まで月額金九万三二五〇円の日割り一六日分金四万九七三三円の合計)である。

B地についての未払賃料は、総計金九〇万六一〇七円(昭和六〇年分不足額金四万四八七〇円、昭和六一年一月から昭和六二年五月まで月額金四万九一二〇円小計金八三万五〇四〇円及び昭和六二年六月一日から契約解除の日である同月一六日まで月額金四万九一二〇円の日割り一六日分金二万六一九七円の合計)である。

5  原告は、被告に対し、昭和六二年六月一二日、遅延賃料総計金二五五万〇三五〇円(右4記載の金員のうち昭和六二年五月分までの合計額)を三日以内に支払うよう催告のうえ(以下、本件催告という)、同月一六日本件各賃貸借契約の解除の意思表示をした。

6  本件土地の賃料相当額は、A地につき月額金九万三二五〇円、B地につき金四万九一二〇円である。

7  被告澁澤喜一郎は、A地上にA建物を所有して、A地を占有している。

8  被告澁澤榮一は、B地上にB建物を所有して、B地を占有している。

9  よって、原告は、被告澁澤喜一郎に対し、本件各賃貸借契約に基づき4項記載の未払賃料総計金二六二万六二八〇円の支払を、本件各賃貸借契約の終了に基づき、A建物及びB建物の収去、本件土地の明渡し並びに、本件各賃貸借契約解除の翌日である昭和六二年六月一七日以降、A建物の収去及びA地の明渡し済みまで月額金九万三二五〇円、B建物の収去及びB地の明渡し済みまで月額金四万九一二〇円の各割合による明渡し遅滞による賃料相当損害金の各支払いを求め、被告澁澤榮一に対し、B地の所有権に基づき、B建物の収去及びB地の明渡しを求める。

二  請求原因に対する被告澁澤喜一郎の認否

1  請求原因1の事実のうち賃料支払期を否認し、その余は認める。賃料支払い期はA地B地とも毎年一二月末日の一括払いである。

2  請求原因2ないし8の事実はいずれも認める。

三  被告澁澤喜一郎の抗弁

1  取立債務

本件各賃貸借契約においては、賃料を取立債務とする旨の合意が成立した。

2  賃料の提供

(1) 被告代理人澁澤洋三(以下、洋三という)は、催告期間内である昭和六二年六月一三日、本件催告で請求された賃料金二五五万一二五〇円に一か月分の賃料金一四万二三七〇円を加えた現金を持参の上、原告の自宅に赴いたが、原告が不在のため会えなかった。

(2) 洋三は、同日、右現金持参の上、更に原告経営の宮崎石油株式会社南小岩給油所に赴いた。原告は同給油所の女性事務員に地代を持参した旨告げ、現金を渡そうとしたが、同事務員に受取りを拒否された。

3  催告の無効

本件賃料は毎年一二月一括払いであるから、原告が催告をした昭和六二年六月一二日においては、昭和六二年一月から五月分の未払賃料なるものは存在しない。にも拘らず、原告は昭和六〇年分の不足額及び同六一年分の賃料に、昭和六二年一月から五月分の賃料を加えて催告しているのであるから、右催告は過大である。さらに、賃料は取立債務である特約に反し、賃料の持参を催告している。これらの点から本件催告は無効である。

4  以下の事情に照らせば、被告の賃料支払の延滞によって原告被告間の信頼関係は未だ破壊されておらず、これによる解除は許されない。

(1) 原告及び原告の先代と被告とは、昭和八年頃より、長期間賃貸借関係を継続しており、被告はその間本件に至るまで地代の遅滞等による紛争を起こさず、地代の値上げ、更新料の支払についても原告に従ってきた。

(2) 本件土地の賃貸借においては、原告の父の代から、賃料については、年末一括払いで、かつ被告の取立によって支払われてきた。

(3) 洋三は、原告に対し、昭和六一年一二月二八日頃、昭和六〇年分の賃料不足分及び同六一年分の賃料の支払いを昭和六二年一月の半ばまで猶予してもらいたい旨申入れ、原告はこれを承諾した。

(4) 被告が、右支払猶予期限である昭和六二年一月半ばに賃料の支払を怠るに至ったのは、同月一〇日頃、被告の次男寿一が白血病のため余命二、三か月である旨を宣告され、洋三がその対応に忙殺されていたからである。

(5) 洋三は、原告からの催告に対し、直ちに原告の自宅及び原告経営の給油所を訪れ、誠意ある態度を示したが、原告が不在のため会えず、原告は被告又は洋三に直接連絡を取ることなく解除の意思表示をした。

(6) 洋三は、原告の解除の意思表示後、何度か原告方等に赴いて、賃料支払いの遅滞を詫び、未払賃料の提供もした。しかるに、原告は賃料の受領をせず、洋三と会うことも避けた。また、洋三の持参した手紙や手土産も送り返してしまった。

(7) 被告は、本訴状の送達を受けた後、被告代理人を通じてまた賃料の提供をすると共に二〇〇万円のお詫び金の支払いによる解決を申し入れたが、原告に拒絶されたため、平成元年一月二四日、昭和六三年一二月分までの未払賃料合計五二五万五三八〇円に遅延損害金を付加した合計五五四万三三九五円を供託した。

(8) 供託が遅滞したのは、洋三が法律に無知であったためである。

(9) 被告は、本訴においても、未払賃料の支払と相当額の和解金支払いを申し入れ続けている。

(10) 現在、被告の賃料支払能力には支障がない。

5  以下の事情に照らせば、原告の本件土地明渡請求は権利の濫用であって許されない。

(1) 抗弁4の(1)ないし(9)の事実と同じ。

(2) 本件土地は、被告一家の居宅及び一家の生活を支えている化粧品等の販売店舗のため使用されており、本件土地の明渡によって被告一家は生活の基盤を失う。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(取立債務)の事実は否認する。

2  同2(賃料の提供)の事実のうち、洋三が催告期間内である昭和六二年六月一五日、原告の自宅及び原告経営の給油所を訪れたこと、その際、原告が自宅に不在であったことは認める。しかし、右が同月一三日であったこと、その際、被告が賃料を持参したこと、給油所の女性事務員が現金の受け取りを拒否したことは否認する。

3  同3(催告の無効)の事実は否認する。

4  同4(信頼関係の不破壊)の事実については、(3)、(7)、(9)の事実及び(5)のうち、被告が昭和六二年六月一五日に原告経営の給油所を訪れたとの点及び原告が被告に直接連絡をとることなく解除の意思表示をしたとの点は認め、(4)は不知。その余は、いずれも否認する。

5  同5(権利の濫用)の事実については、(1)に対する認否は、抗弁4に対する認否と同じ。(2)は不知。

第三証拠《省略》

理由

第一被告澁澤榮一に対する請求について

《証拠省略》を総合すれば、請求原因2及び8の各事実を認めることができる。そうすると、原告の被告澁澤榮一に対する請求は理由がある。

第二被告澁澤喜一郎に対する請求について

一  請求原因について

1  請求原因のうち、2ないし8の各事実については、当事者間に争いがない。

2  請求原因1の事実のうち、庄衛が被告に対し昭和二二年六月一〇日にA地を、昭和三五年七月五日にB地を各貸し渡したこと、その際の約定のうち、目的と賃料について原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

3  賃料の支払期について判断するに、《証拠省略》の各契約書並びに《証拠省略》の領収証には、賃料を毎月二八日に支払う旨の記載があり、原告主張のとおりの支払期の約定があるものと見るのが自然である。もっとも被告はその契約書、領収書の記載は不動文字で印刷された例文であるに過ぎず、実際は庄衛、被告間では賃料を毎年一二月末日一括払いとする旨の合意があった旨主張し、確かに、前記領収証並びに《証拠省略》によれば、賃料は毎月二八日には支払われておらず、年払いに至っていることが多い事実が認められ、《証拠省略》によれば、原告が毎月賃料を請求していなかった事実も認められる。しかし他方、右領収証等を見れば、昭和二四年より同三二年の間及び昭和五六年から同六〇年の間に年末ではない時期に、三か月や六か月分の賃料が支払われたこともあること、前記契約書、領収証の記載及び《証拠省略》によれば、賃料が契約当初より一貫して月単位で定められていること、賃料の支払いが月単位か年単位かは賃借人にとって重大な利害に関する事柄でありながら、毎月二八日に賃料を支払うとの記載内容に被告は何等異議を述べず何度も更新や新たな領収証綴りの交付がされて、現在に至っていることが認められる。

これらの事実によれば、原告によって毎月の賃料支払義務の不履行が見逃され、事実上年末までの支払猶予がされる状態が続いていたことまでは認められるものの、法的効力を有するものとして、賃料の一年一括払いの合意が当事者間で成立していた事実までをも推認することはできない。これについて、被告本人は一年分一括払が契約当初より継続していた旨供述するが、曖昧であって採用することができない。

以上によれば、契約の内容としては、請求原因1のとおり賃料は毎月二八日払いであったものと認められる。

二  抗弁について

1  抗弁1(取立債務)

《証拠省略》の各領収証には、賃料を被告が持参する旨の記載があるが、被告はこの契約書の記載は不動文字で印刷された例文であるに過ぎず、実際は庄衛、被告間では賃料を原告が取り立てる旨の合意があったと主張するので、この点について検討する。

確かに、《証拠省略》によれば、少なくとも、昭和三六年に原告が賃貸人たる地位を引継いでからは、二〇年以上の長期にわたり、賃料を原告が取り立てていたこと及び原告が被告に対し格別賃料の持参を請求せずに自ら賃料を取り立ててきたことが認められる。

しかし、《証拠省略》を総合しても、原告が右の取立てを義務と考えて行っていたものとは認められず、むしろ、自らの債権の確保ないし被告へのサービスとして、事実上取立てに赴いていたものと推認するほうが自然であり、そのほか前記契約書による合意とは別に賃料取立て方法につき問題となったり、協議されたり、新たな合意が成立したことを窺わせる証拠はない。

以上によれば、本件土地については、被告が便宜賃料を取り立てに行くことがある旨の事実上の慣行が存在することは明らかであるが、これをもって当初の合意内容の変更と解すべきではなく、契約内容としては持参債務のままと認めるべきである。よって、抗弁1は理由がない。

2  抗弁2(賃料の提供)

《証拠省略》を総合すれば、原告の代理人である洋三が、本件催告の期間内である昭和六二年六月一三日ないし一五日頃、原告経営の宮崎石油株式会社南小岩給油所及び原告宅を少なくとも各々一回訪れた事実が認められる。

しかし、時期を特定した上で、そのように洋三が原告の催告した金額の現金を持参していたか、あるいはこれを準備していて受領を促したという点については、証人洋三の証言があるだけであって、他にこれを裏付ける的確な証拠がない。そうすると、原告本人が洋三は店の商品の手土産と手紙を持参したのみである旨供述している点や証人洋三の証言が時期等につき曖昧であって、若干の記憶の混乱があることを示している点に照らすと、証人洋三の前記証言部分のみを採用して、抗弁2の事実を認めることはできず、そのほか同事実を認めるに足りる十分な証拠はない。

3  抗弁3(催告の無効)

すでに認定したところによれば、抗弁3は理由がない。

4  抗弁4(信頼関係の不破壊)

《証拠省略》を総合すれば、(1)の事実を認めることができる。したがって、原、被告間の賃貸借関係は、本件の賃料遅滞が生ずるまでは、おおむね正常な関係を維持していたということができる。

(2)の支払方法については、既に記述したとおりであって、一年一括払い及び取立て債務の各合意の成立は認められないが、事実上、年払いが多く、従前年末までの遅延が猶予されてきており、原告が便宜取立てに赴くことがある慣行もあったものである。そうすると、被告は昭和六二年一月の時点では、法的には約一年三か月間も支払いを遅延していたことになるが、当事者間の事実上の慣行に照らすと、慣行よりも一か月遅延しただけということになる。

(3)の支払猶予の事実については当事者間に争いがない。

そうすると、昭和六二年六月一七日の解除の時点では、被告は昭和六二年五月分までの賃料二五五万〇三五〇円、約一七か月分の支払いを、約五か月間遅延していたことになる。

(4)の事実(遅滞の理由)は《証拠省略》により認められる。

(5)の事実のうち、本件催告後、原告が被告又は洋三に直接連絡を取ることなく解除の意思表示をした点は当事者間に争いない。本件催告の期間内における原告と被告間の交渉については、抗弁2に関して既に認定したとおりである。

(6)、(8)及び(10)の事実については、《証拠省略》を総合すれば、これを認めるに十分である。なお、原告本人は、洋三の来訪について賃料支払いのためとは理解せず、未払い賃料の提供もなかった旨供述するが、洋三と一回も面会していない上、証人洋三の証言の方がより具体性がある点等に徴すると、洋三が昭和六二年六月一七日を初めとして、日時が明確でないが、数回、原告宅や前記給油所を訪れて賃料支払い遅滞の謝罪に行き、その際には、未払い賃料を携帯したり、家人の前で土下座して原告への取り次ぎを懇願したことがあることが認められる。また、原告は、当時、被告側が原告に会いたがっていることを十分承知していながら、あえて被告方に連絡を取って会ったり、電話することをしていないことが認められるので、結局、洋三と会うことを避けていたものと評価せざるを得ない。

(7)及び(9)の事実については当事者間に争いがない。

以上の事実により信頼関係の破壊の有無を判断する。

確かに、本件は一七か月分以上の賃料の不払いであり、その額も二五五万〇三五〇円と多額であるから、被告の債務不履行の程度は軽いものではなく、原告の被った不利益も大きかったものといえる。

しかし、その遅延期間をみると、支払い猶予の時点から計算すれば五か月程度にすぎない。さらに、本件契約では、事実上は、原告が取立てに赴いたり、年末まで支払いを猶予したりする長年の慣行が存したことに照らすならば、被告が支払い猶予を申し込んだ時点の状況をもって、通常の場合のように、昭和六〇年分の不足額約一か月分に加えて、昭和六一年の一二か月分の賃料滞納が毎月積み重なっていた状況とみることは妥当でなく、例年より一、二か月分の遅滞があったとみるのが、むしろ両当事者の認識に即するはずである。

また、支払猶予があったにもかかわらず、さらに五か月も支払わなかった点については、被告を強く非難すべきではあるが、しかし、寿一の病状に関する一家の事情や前期長年の慣行に照らすならば、この一時をもって、数一〇年も続いている本件契約の解除を直ちに相当ならしめるほど高度の背信性を有するということはできない。

しかも、原告の催告に対し、洋三は、催告期間内及び期間後直ちに、原告宅及び事務所を訪ね、真摯な対応をしており、催告期間内に弁済の事実が認められない点も、催告金額と期間(三日間)及びその後の対応を考えると、やはり背信性が極めて高いとはいえない。

以上のとおり、被告の背信性はさほど強いものではなく、加えてまた、原被告間の賃貸借関係が長期に及んでおり、しかもその間正常な関係が保たれてきたこと、被告及び洋三はその不注意と法律の無知から紛争を引き起こしたものの、その後供託もし、経済的問題もなく、信頼関係の復旧に努めていることに照らせば、催告期間中ないしその直後に、原告が被告に対し、賃料支払いについてしかるべき協議に応じてやっておれば、正常な賃貸借関係の継続が十分可能であった考えられる。そうすると、結局本件の解除については原被告間の信頼関係を破壊しない特段の事情があるということができる。

よって、その余の点につき考慮するまでもなく、原告の解除の効力は認められない。

5  賃料請求については、右のとおり解除が認められない以上、既に認定した洋三の弁済提供は有効であって、これに対する原告の拒絶により供託されたことになるから、やはり理由がない。

第三結論

以上の事実によれば、原告の被告澁澤榮一に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告澁澤喜一郎に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野博之)

〈以下省略〉

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